ブーログ › トップ
2016年12月08日
紅爐一点雪 (こうろいってんのゆき)


12月7日は
24節気のひとつ
「大雪」
そこで、この禅語を紹介!

紅爐一点雪 
 〔こうろいってんのゆき〕

煩悩妄念を断滅した
坐禅三昧の正念のある処
ここにはどんな
邪念も寄せつけない
迷妄、邪悪は
恰も紅蓮の炎をあげて
赤々と燃え盛る炉の上に
一片の雪花が舞い落ち
一瞬のうちに溶けて
跡形もなく消えて
しまうかのようだ

  


「住職日記」カテゴリーを一覧で見る

Posted by 白龍山 瑞雲寺 at 15:50 │住職日記
2016年11月08日
清風萬里秋 (せいふうばんりのあき)


世の無常を感じつつ、
今年も落ち葉を
掃く毎日
無心に散った一葉に、
自分を燃やし
盡くしたものの
姿の美しさを感じる毎日
心の自由を取り戻した
身心脱落の人にこそ
一葉のそよぎに真の
清凉の世界を体感する
  


「住職日記」カテゴリーを一覧で見る

Posted by 白龍山 瑞雲寺 at 06:16 │住職日記
2016年09月15日
「仏道をならふというふは、自己をならふなり」

この言葉は、
道元禅師の言葉の中で
最もよく知られている言葉の一つです。
「仏道をならう」ことは
「自己を究明する」こと。
ここでいう「自己」は本来の自分自身です。
そのためには、「自己を忘れれ」ばいい。
ここの「自己」は、自意識的自我です。
「自己を忘れる」ためには
「万法に証せられれ」ばいい。
「万法に証せられる」ためには
「自己の身心及び他己の身心を脱落させればいい」
ということになります。
と、言っても少し難しい言葉かも知れませんね・・・




さて、19日より彼岸のいりです
例えば
最愛の妻,親友といった
大切な人の気持ちになり
相手が自分の気持ちになる
それが彼岸ということではないだろうか・・・
 「何事でも、かたくなに
 自分の立場に固執することなく、
 ぐるりと廻って反対側の立場に立ってみる」
こちら側から見て腹の立つ事柄でも
ぐるりと廻って相手の立場に立ってみれば
なるほどそうだったのかと
笑って受けとれることも沢山ある
対人関係の感情問題など
全てそうだといっても
過言ではない。
仏教ではこの世の中を
娑婆(思いどおりにならないところ)
というように
悲しみや苦しさが人生の
実相(すがた)といっていいが
それとても同じことで
自分の側からばかりみて
それに間違いないと思い込んでしまうから
やりきれない絶望に陥るわけで
それをひっくり返して考えれば
そのやりきれなさがそっくりそのまま
あかるい楽しさに変ずることもある。

さて、みなさんは
彼岸に何を修行されますか・・?

  


「住職日記」カテゴリーを一覧で見る

Posted by 白龍山 瑞雲寺 at 16:09 │住職日記
2016年08月26日





大切なご先祖さま
あの世に
迷わず、お帰り下さいませ









毎年
精霊送りの時
少し寂しくなるような・・・・
気が致します
それは
私だけかな・・・?

  


「住職日記」カテゴリーを一覧で見る

Posted by 白龍山 瑞雲寺 at 20:34 │住職日記
2016年08月26日
山門大施食会
8月4日に修行いたしました





今日は
お小僧さんも
お手伝いです







  


「住職日記」カテゴリーを一覧で見る

Posted by 白龍山 瑞雲寺 at 20:25 │住職日記
2016年07月23日
境内地にあります
極楽園 (蓮池)には
役員様の懸命なる
管理の中で
今年も,
蓮が咲きました






蓮の花言葉は
「清らかな心」と「休養」であり
「清らかな心」とは泥水を吸い上げながらも
美しい花を咲かせることに由来します。
「休養」とは、午前中に咲いた花が
午後には閉じてしまう様子を表したものです。






ヒンドゥー教の神話や聖典には
泥の中から茎を伸ばして
花を咲かせる蓮の様子が
清らかに生きることの象徴として
たびたび登場します。このイメージは
仏教にも継承されていきます。
仏教では
智清や慈悲の象徴とされ
死後の極楽浄土に
咲く花として親しまれました
そのため、如来像の台座や
仏像を安置する厨子という
仏具の扉に花が彫られています。
このような宗教的背景から
インド、スリランカ、ベトナムでは
国花とされ、今でも多くの人に愛されています。

  


「住職日記」カテゴリーを一覧で見る

Posted by 白龍山 瑞雲寺 at 16:55 │住職日記
2016年07月16日
7月15日 午後8時より
精霊送り(送り火)
行いました







来月は
8月15日 午後8時より




  


「住職日記」カテゴリーを一覧で見る

Posted by 白龍山 瑞雲寺 at 07:22 │住職日記
2016年07月05日
7月1日~3日
夜施食会・子供坐禅会でした







たくさんの子供も
一生懸命、坐禅をおこないました。












  


「住職日記」カテゴリーを一覧で見る

Posted by 白龍山 瑞雲寺 at 11:31 │住職日記
2016年06月08日
「日は昼を照らし 月は夜を照らす」







私達は、太陽の恵みから
派生する諸々の自然の
恵みを得ている
月も闇夜から解放して
人々に安らぎを
与え続けている
当たり前のことを
あたり前だと
安易に受け流すことなく
当たり前こそ
実はとんでもなく
ありがたいことだと
感謝しなければいけない
当たり前のことを
あたり前だとは安易に
受け流すことなく
当たり前こそ実はとんでもなく
ありがたいことだと思える
そんな思いが出来
感謝できるときこそ







「日は昼を照らし、月は夜を照らす」の
精神が真にわかるのかもしれない。
  


「住職日記」カテゴリーを一覧で見る

Posted by 白龍山 瑞雲寺 at 13:56 │住職日記
2016年05月02日
今まさに、境内地には
つつじが咲き誇っています。




あるとき
園児が一人、
枯れかかった花を持って
「花さん、どうもありがとう」と言って
ポイと捨てました
その行為に、
その子を呼びとめて尋ねてみました
「いつもそうしてるの?」
するとその子は、
「そうよ、お母さんはいつも、
そうしてるのよ
だって花はきれいに咲いて
みんなを嬉しくさせてくれたんだもの
だからお礼を言って捨てるの」
こう言ったのです




生きとし生きるもの
全てに感謝する事を
忘れてはいけないものですね・・・


  


「住職日記」カテゴリーを一覧で見る

Posted by 白龍山 瑞雲寺 at 15:39 │住職日記